南円堂(なんえんどう)

【年代】 江戸時代
【指定】 重要文化財
【構造】 八角円堂、向拝付、本瓦葺
【規模】 八角一面6.4m、対面径15.5m
【公開情報】 10月17日のみ公開

南円堂は「西国三十三所」の第九番札所として人々の参拝が多い御堂です。この堂は弘仁4年(813)藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父の内麻呂(うちまろ)追善のために建立しました。基壇築造の際には地神を鎮めるために、和同開珎や隆平永宝を撒きながら築き上げたことが発掘調査で明らかにされました。また鎮壇には弘法大師空海が大きく関わったことが伝えられています。当時の興福寺は藤原氏の氏寺でしたが、藤原氏の中でも摂関家となる北家の力が強くなり、北家の内麻呂・冬嗣親子ゆかりの南円堂は興福寺の中でも特殊な位置を占めました。本尊である不空羂索観音菩薩が身にまとう鹿皮(ろくひ)は、神に仕える鹿への信仰、つまり氏神である春日社との関係により、藤原氏の強い信仰を集めました。

現在の建物は創建以来4度目のもので、寛保元年(1741)に立柱、寛政元年(1789)に再建されました。再建には古代・中世の北円堂などの円堂を参考にしたと考えられていますが、正面(東)には間口1間・奥行2間の「拝所」があり、唐破風(からはふ)が付いているなど、江戸時代の細部様式もよく表しています。内陣には本尊の不空羂索観音菩薩坐像を中心に、四天王立像、法相六祖坐像が安置され、これらは全て慶派仏師の康慶一門による制作とされています。

現在のご拝観について
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