和銅3年(710)創建の中金堂は、享保2年(1717)に焼失後、文政2年(1819)に仮堂として再建され、赤堂として親しまれてきました。しかし仮堂再建以来150年以上経過し、使用材がマツ材であることや、瓦が割れて雨漏りし老朽化がすすみましたので、昭和50年(1975)に講堂跡に仮金堂を建立し、本尊の釈迦如来像、薬王・薬上菩薩像、四天王像を移座申し上げて参りました。
平成3年(1991)から各界の学識経験者や文化庁・奈良県・奈良市のご指導を仰ぎながら、中金堂院を中心とした興福寺境内の整備に関して、種々検討してきました。
その結果、平成10年(1998)から中門・回廊跡の発掘調査を開始し、12年から現中金堂解体、基壇の発掘調査を行い、その結果に基づいて創建当初の中金堂設計を行い、来る平成22年(2010)の興福寺創建1300年という記念すべき年の再建に向けて、邁進することになりました。