年中行事とイベント案内

一年間の行事

放生会(ほうじょうえ)一言観音堂 4月17日

 日の光が輝きをます4月、興福寺界隈は桜吹雪に包まれます。そうした1日、南円堂の横には人垣ができます。南円堂は西国観音霊場の9番。霊験あらたかで信者の方たちの参拝が絶えません。その横にある一言観音も、「1言」で願いを聞き届けて下さると、とても人気があります。鐘がお昼を知らせると、その一言観音にさんさんごご老若男女が集ってきます。お堂のそばにはたくさんの桶がおいてあり、そのなかには鯉や金魚が飛び跳ねています。やがて興福寺の貫首さんが坊さん達を引き連れて、お堂の上がり奥に消えますと、金の打ち鳴らしと共に声明が流れます。

 放生会の始まりです。法要が進んで終わり近く、貫首さん礼盤を下り、桶のところに行かれて何ごとか話し掛けます。これは魚に戒を授けているのです。チョッと不思議、ですね。戒は人が仏に成ろうとてお釈迦様の教えに参入する時に誓う、仏教徒の規則みたいなものです。それを魚にも言って聞かせているのです。お釈迦様は「生きとし生けるものはすべて、いつかは仏と成れる」と説かれました。仏様からみれば魚も、私たちと同じ仏の子。等しく生を受けた人間以外の代表として、魚にも仏と成るための理を教えるのです。

 法要が終われば、随喜参加した人達はそれぞれ魚を入れた手桶を片手に坊さん達と一緒に整列します。それから、こぼさぬようしずしずと階段を三条通りに下ります。そして、猿沢の池のほとりに並び、声をそろえて『般若心経』を読誦します。それが終われば「放生」です。大きな鯉、小さな金魚、池に入れれば一目散に消えていきます。

 放生の語は、中国では『列氏』にでてきます。日本では『続日本紀』の天武5年8月17日、「放生」という言葉が見えます。しかし、仏事としての源流はやはりインドにあります。仏教が生れ育まれた大陸には、生き物を殺さない・傷つけないという思想(アヒンサー・ahimsa)が数千年の昔から、人々の宗教・倫理観として、思想の底辺を流れていました。そこから生れた仏教も例外ではなく、守るべき行いとして、第1に不殺生をかかげます。その影響は大乗仏教においても『梵網経』『金光明経』など様々な経典に見られます。他人の命も・自分の命も、いえ、一切の命が大切なものであることを儀式化したものが放生会と言ってよいかと思います。

 興福寺の放生会は毎年、4月17日に行なわれます。そして、放生の行われる猿沢の池は南円堂のすぐ下です。