年中行事とイベント案内

一年間の行事

涅槃会(ねはんえ)本坊 2月15日

 ヒマラヤのふもとカピラ城にお生まれになったお釈迦様は35歳で覚りをひらかれました。それからの御一生は、インド各地を遊行され、仏教の布教の道につくされたのです。伝道といっても、今のように、テレビ、ラジオなどはありませんから、村から村へと大勢のお弟子様を従えて歩かれたのでした。お釈迦様の教えをすなおに受入れ、もっとも熱心に信奉したのはヴァイシャーリという盛都の人々でした。弟子、信徒の多いこの街を、お釈迦様も大切に思っていられました。修行と伝道の生活が40年を過ぎる頃、お釈迦様も時々、背の痛みを阿難尊者に告げることがありました。やがて、80歳を迎えられ、もう伝道の旅も終りに近いことをお悟りになったお釈迦様は、最後を故郷で迎えようと決意されたのです。最後の長い道のりの間にも、日々の生活は変わりませんでした。なつかしいヴァイシャーリにも立ち寄られ、街を見下ろしながら阿難尊者に涅槃(ニルヴァーナ―肉体を捨て去った真理の世界)に入ることの是非を暗に問い、3ヶ月後の入滅を予告したのもこのときでした。そののちパーヴァーで鍛治屋のチュンダの茸料理の供養を受けられ、毒にあたってお体を弱めてしまいました。そして、終焉の地クシナガラ(現在のゴラクプール東方50キロの地点)に着かれました。「この世で変らぬものはなにも無い。皆、怠らず精進しなさい」。そのお言葉を最後に2月15日夜半、偉大な80年の御生涯をとげられたのです。

 その日を仏教徒の重要な日として、中国、日本では涅槃会という法要を営むようになりました。興福寺で言えば、涅槃経の講讃を主とする法要を天平勝宝年間(750)頃から行なっておりました。貞観2年(860)尾張出身の寿広により舞楽4箇法要の大法会の式にあらためられ、常楽会(涅槃会)と言えば興福寺のことを指すようになりました。現在でも規模ははるかに縮小されましたが、その名残が法要に残っています。毎年2月15日、10時より本坊の北客殿で行なわれます。誰でも参拝でき、甘酒の接待もしております。皆様の御来寺をお待ちいたしております。