興福寺について

興福寺の歴史

興福寺の歴史

時代 西暦(和暦) 興福寺の歴史



645年(大化元) この頃、鎌足が釈迦三尊像を造立
669年(天智8) 鎌足の妻、鏡大王(かがみのおおきみ)が山階陶原(やましなすえはら)に山階寺を造営し、鎌足の釈迦三尊像を安置
672年(天武元) 飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)に遷る。
この頃、山階寺を大和国高市郡厩坂(うまやさか)に移し、厩坂寺と称す
685年(天武14) 山田寺講堂の薬師三尊像造立―銅造仏頭(ぶっとう)



710年(和銅3) 平城遷都。藤原不比等(ふひと)、厩坂寺を平城京左京3条7坊に移し、興福寺と号す
714年(和銅7) 3月 金堂(こんどう)供養
720年(養老4) 10月17日 「造興福寺仏殿司」を初めて置く
721年(養老5) 8月3日 元明・元正天皇、北円堂(ほくえんどう)建立
8月3日 橘 三千代、金堂に弥勒(みろく)浄土像を造る
726年(神亀3) 7月 聖武天皇、東金堂(とうこんどう)を建立
727年(神亀4) 12月 興福寺観禅院梵鐘(ぼんしょう)鋳造
730年(天平2) 光明皇后、五重塔建立
734年(天平6) 正月11日 光明皇后、西金堂(さいこんどう)を建立。十大弟子・八部衆像等造立
738年(天平10) 3月28日 山階寺(興福寺)に食封千戸を施入
746年(天平18) 正月 講堂本尊不空羂索(ふくうけんさく)観音像造立
749年(天平勝宝元) 5月20日 寺田百町施入される
757年(天平宝字元) 12月8日 山階寺(興福寺)施薬院に越前国の水田百町を施入
761年(天平宝字5) 2月 東院西堂建立
764年(天平宝字8) 9月11日 東院東堂建立
771年(宝亀2) 2月22日 東院地蔵堂建立
791年(延暦10) 3月10日 講堂に阿弥陀三尊像を造立
4月 北円堂四天王像造立



813年(弘仁4) 藤原冬嗣(ふゆつぐ)、南円堂(なんえんどう)を建立
816年(弘仁7) 南円堂銅燈籠鋳造
878年(元慶2) 4月8日 鐘楼・僧房焼失
968年(安和元) 興福寺の僧兵が初めて神木を動座(どうざ)して入洛す
970年(天禄元) 興福寺別当定昭、一乗院を建立
1013年(長和2) 8月 薬師如来坐像造立
1017年(寛仁元) 6月22日 五重塔・東金堂焼失
1031年(長元4) 10月20日 五重塔・東金堂供養
1046年(永承元) 12月24日 北円堂・倉を除く諸堂焼失
1047年(永承2) 1月〜2月 造興福寺司を定め再興始める
1048年(永承3) 3月2日 金堂・講堂・南円堂等供養
1049年(永承4) 2月18日 北円堂・唐院・伝法堂等焼失
1060年(康平3) 5月4日 金堂・講堂・中門・南大門・僧房等焼失
1067年(治暦3) 2月25日 金堂・講堂等供養
1078年(承暦2) 正月27日 五重塔・西金堂供養
1087年(応徳4) 隆禅、大乗院を建立
1092年(寛治6) 1月19日 北円堂・食堂(じきどう)供養
1096年(嘉保3) 9月25日 金堂・講堂・三面僧房・南大門等焼失
1103年(康和5) 7月25日 金堂・講堂等供養
1143年(康治2) 12月 皇嘉門院、三重塔を建立
1180年(治承4) 12月28日 平重衡(たいらのしげひら)の兵火により全焼す
1181年(治承5) 6月15日 興福寺再興のことを始む
1182年(養和2) 8月16日 東金堂・西金堂上棟



1186年(文治2) 10月10日 講堂再建、食堂もこの頃再建
1187年(文治3) 3月9日 山田寺薬師如来坐像を東金堂に移す
1189年(文治5) 9月28日 南円堂再建なり、諸仏開眼供養
1194年(建久5) 9月22日 金堂・南大門等供養
1196年(建久7) 7月5日 東金堂維摩居士像(ゆいまこじ)立像――仏師定慶
1202年(建仁2) 3月10日 梵天像立像――仏師定慶
1205年(元久2) 2月22日 この頃、五重塔再建
1207年(建永2) 4月 この頃、東金堂十二神将立像造立
1208年(承元2) 12月17日 北円堂諸像の造立を始める――仏師運慶
1210年(承元4) 11月 この頃、北円堂再建
1215年(建保3) 4月26日 西金堂天燈鬼・龍燈鬼造立――龍燈鬼・仏師康弁
1229年(寛喜元) この頃、食堂千手観音像造立
1232年(貞永元) 12月 西金堂八部衆・十大弟子像修理
1277年(建治3) 7月26日 金堂・講堂・三面僧房・中門・南大門焼失
1300年(正安2) 12月5日 金堂等供養
1327年(嘉暦2) 3月12日 金堂・講堂・西金堂・南円堂・中門・南大門等焼失




1340年(暦応3) 5月 吉祥天倚像開眼
1347年(貞和3) 5月11日 金堂に本尊像を安置
1356年(文和5) 2月17日 五重塔・東金堂焼失
1368年(応安元) 6月1日 東金堂上棟、同3年瓦を葺く
1375年(永和元) 6月16日 五重塔立柱






1411年(応永18) 閏 10月15日 五重塔・東金堂・大湯屋焼失
1415年(応永22) 6月26日 東金堂再建なり、本尊を造立して安置す
1426年(応永33) 五重塔再建
1451年(宝徳3) 10月14日 徳政一揆(とくせいいっき)により、大乗院(禅定院)等焼失
1521年(大永元) 興福寺現存最古の絵馬描く
1595年(文禄4) 文禄検地、興福寺、春日社領として2万1千石余が定まる



1708年(宝永5) 5月 「興福寺伽藍春日社境内内絵図」を描く
1717年(享保2) 1月4日 金堂・講堂・僧房・西金堂・南円堂・中門・南大門焼失
1741年(寛保元) 4月 南円堂立柱
1811年(文化8) 金堂本尊等の再興勧進をおこなう
1819年(文政2) 9月 金堂建立―篤志家の寄進による仮堂建築
1868年(慶応4) 3月 神仏分離令発令



1870年(明治3) 12月 寺社上知令が発せられ、堂塔以外のすべての寺地を没収される
1874年(明治7) 食堂・細殿取り壊される
1880年(明治13) 2月14日 興福寺旧境内を奈良公園とする
1881年(明治14) 2月9日 興福寺再興を許可される
1884年(明治17) 3月 金堂基壇から奈良時代の鎮壇具発見される
1897年(明治30) 6月10日 古社寺保存法公布され、北円堂・三重塔・五重塔が特別保護建造物に指定
1900年(明治33) 7月8日〜1902年1月15日、五重塔修理
1907年(明治40) 10月〜1910年3月、三重塔修理



1937年(昭和12) 10月30日 東金堂解体修理中に、銅造仏頭(旧山田寺講堂本尊像)発見
1959年(昭和34) 2月 食堂跡に宝物収蔵庫(国宝館)建設
1962年(昭和37) 10月31日 大湯屋解体修理完了
1965年(昭和40) 6月30日 北円堂解体修理完了
1970年(昭和45) 3月31日 菩提院大御堂改築(昭和43年、鎮壇具発見)
1974年(昭和49) 11月23日 仮金堂建設、中金堂諸仏移座
1978年(昭和53) 3月31日 防災工事完了
1979年(昭和54) 8月31日 三重塔修理完了



1992年(平成4) 10月 興福寺境内整備委員会発足
1996年(平成8) 3月31日 南円堂修理完了
4月12日 興福寺会館竣工
9月20日〜12月9日 「日本仏教美術の宝庫:奈良興福寺展」(フランス/パリ市グランパレ美術館)開催
1997年(平成9) 1月14日〜3月16日 南円堂平成大修理落慶記念「興福寺国宝展」(東京国立博物館)開催
4月5日〜4月7日 南円堂落慶法要厳修
6月 「興福寺境内整備構想」を発表
1998年(平成10) 10月1日 境内整備事業開始
12月2日 「古都奈良の文化財」としてユネスコ世界文化遺産に登録される。
2000年(平成12) 5月 興福寺国宝特別公開2000(五重塔内陣、東金堂後堂、国宝館、旧食堂地下遺構)
2001年(平成13) 4月 興福寺国宝特別公開2001(三重塔初層、北円堂内陣、中金堂、発掘現場)