興福寺について

興福寺の伽藍

法相宗を中国から伝えた玄ム(げんぼう)僧正の旧跡

菩提院大御堂(ぼだいいんおおみどう)

 奈良市民に、十三鐘(じゅうさんがね)、また稚児観音(ちごかんのん)や三作石子詰(さんさくいしこづめ)の伝承で、よく知られています。
 奈良時代には、この付近一帯は仏に供える四季の花が植えられていました。また興福寺の法相宗(ほっそうしゅう)を中国から伝えた玄ム(げんぼう)僧正が住んでいたとも伝えます。
 発掘調査の結果、このように大きな建物が建てられたのは鎌倉時代に入ってからのことであることがあきらかになりました。

 現在の建物は天正8年(1580)の再建で、正面5間(17m)側面5間(14.2m)、本瓦(ほんかわら)葺きで、正面に向拝(ごはい)がつきます。
 堂内には本尊阿弥陀如来(あみだにょらい)像(重要文化財)、不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのんぼさつ)像、稚児観音菩薩(ちごかんのんぼさつ)像を安置しています。