興福寺について

興福寺の伽藍

内麻呂の冥福を願ってお建てになった八角円堂

南円堂(なんえんどう)(重要文化財)

 西国三十三所観音霊場の第九番札所です。
 弘仁4年(813)に藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父内麻呂(うちまろ)の冥福を願ってお建てになった八角円堂です。基壇(きだん)築造の際に地神を鎮めるために、和同開珎(わどうかいちん)や隆平永宝(りゅうへいえいほう)をまきながら築き上げたことが発掘調査であきらかになりました。この儀式には弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が深く係わったことが伝えられます。

 興福寺は藤原氏の氏寺でしたが、藤原氏の中でも摂関家北家の力が強くなり、その祖である内麻呂・冬嗣親子ゆかりの南円堂は興福寺の中でも特殊な位置を占めます。そのうえ本尊不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのん)像が身にまとう鹿皮は、氏神春日社(かすがしゃ)との関係から、特に藤原氏の信仰を集めました。
 創建以来4度目の建物で、寛政元年(1789)頃に再建されました。八角の一面は6.4m、対面径は15.5m、本瓦(ほんがわら)葺きの建物ですが、その手法はきわめて古様です。
 堂内には本尊不空羂索観音菩薩像、四天王(してんのう)像(いずれも国宝)が安置されます。